オピニオン

「経験すること」は大切だけど、「経験がすべて」でもないと思った話。

最近読んだ本に、このような文章がありました。

さて、自己自身の人生を見つめ返したとき、まず言えるのは、私たちの人生の現実が、経験を介して初めて、私たちに知られてくるということ、言い換えれば、人生の真実は、経験してみなければ分からないということ、このことであるように思われる。つまり、人生の実態は、経験に即して初めてほんとうに会得され、経験のうちでこそようやくその真相を顕わにしてき、経験とともにその変えることのできない峻厳さ、その広さと深みを増して、示されてくるのである。そして、それ以外に、人生とは何であるかを、私たちは知ることができないように察せられるのである。すなわち、人生とは経験であり、経験のなかに人生の秘義は凝縮しており、この経験のうちに人生の意味のすべてが結晶しているように考えられるのである。

引用:自己を見つめる (放送大学叢書)

人生とは経験であり、経験することでしか分からないことが多すぎるということです。

また、二日前にコテンラジオについてのブログを書きましたが、確かこのコテンラジオの吉田松陰の回で「陽明学」について触れていました。>>>なんで「コテンラジオ」がめちゃくちゃ面白いと感じるのか?

吉田松陰が松下村塾で生徒たちに伝えたことはいろいろあると思いますが、その1つが陽明学で、陽明学とは孔子の思想に基づく教えになりす。

その陽明学で大切にされていた考えが「知行合一」です。

漢字から雰囲気は伝わるように、知ることと行うことは同じこと。つまり本を読んだり自分で調べたりするのは本当の知識ではなく、実際に行動してみて初めて学ぶことができる。つまり行動することや経験することが何よりも大切で、そこからしか本当の学びを得ることはできない、という意味です。

陽明学の教え、これすなわち「やることと知ることは同じである、つまり、やらないとわからないのだ」ということ。

なぜか僕のiPhoneのメモにも陽明学の教えが残っていました。

確かに知行一致という考え方は素敵だし、受動的に知識を得るよりは自らが動いて学んでいくというのは大切だなぁと思いました。

とはいえ、経験しなければ分からないという一方で、ある程度自分の得意なこと、やりたいことに絞らないと時間だけがただただ過ぎていってしまうとも思いました。

例えば、社会に出て何回も転職をしたり、職種を変えたりしている方。(いるのかは知らないけど)

その経験を仕事に置き換えた時、確かに経験は大切だと思う一方で、いろいろ経験し過ぎた結果どれも力が分散されてしまい中途半端になってしまいます。

では、このような場合にどうすれば良いのかというのを考えてみたんですけど、ある程度自分の中で「好きなことや得意なこと」を把握しておくと、ある程度、的を絞って経験ができると思いました。

たくさん職種を変えている目的によります。

もし職種を変える目的が「自分にあった仕事はなんだろう」という問いを明らかにするために経験しているなら、職種を変えることで自分にあった仕事はわかるかもしれないけど、かなり時間がかかってしまうデメリットもあるということです。

だからこそ、経験と同じくらい大切なのは自分でその経験を振り返ること。

経験したことから、なんとなくで良いのでこれまで自分が経験したことで好きだなぁ、とか得意かもしれない…と思った出来事を「考えること」「コミュニケーション」「周りを引っ張ったり巻き込むこと」とかに分類して考えると、自分がどの属性の仕事が好きなのかなんとなく見えてくると思いました。

これまでの経験に基づいて「コミュニケーション」が好きだと思ったら、その職種をたくさん試せば天職が見つかるかもしれません。

ということで、経験も大切だけど、経験したことからどんな学びや気が付いたことがあったのか、振り返ることも大切なのではないか?という話でした。

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございます。

またね。

 

 

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